大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 平成元年(わ)54号 判決

主文

被告人は無罪。

理由

一  公訴事実の要旨

本件の公訴事実の要旨は次のとおりである。

「被告人は、軽油取引などの業務に従事する者であるが、

1  熊本県から軽油引取税の特別徴収義務者の指定を受けている三和石油熊本支店の軽油取引を担当していたA、Bほか数名及び被告人と同じく同支店から軽油を購入した甲と共謀の上、同社の業務に関し、昭和六〇年一二月二日ころから昭和六一年二月二五日ころまでの間、同支店において、軽油引取税の課税対象となる軽油合計1万7602.563キロリットルを、販売先である被告人及び右甲の経営する各会社に引き渡し、これにつき同支店が特別徴収義務者として徴収して熊本県に納入しなければならない軽油引取税の合計額が四億二三四六万四八五七円であったにかかわらず、そのうち合計四三九六万八九七八円を納入したにとどまり、その余の合計三億七九四九万五八七九円を、昭和六一年一月ないし三月の各末日の納入期限までに納入しなかった。

2  鹿児島県から軽油引取税の特別徴収義務者の指定を受けている東洋化工有限会社の軽油取引を担当していたA、Bほか数名及び被告人と同じく同会社から軽油を購入した甲と共謀の上、同社の業務に関し、昭和六二年三月一〇日ころから同年五月二九日ころまでの間、同社において、軽油引取税の課税対象となる軽油合計9003.453キロリットルを、販売先である被告人及び右甲の経営する各会社に引き渡し、これにつき同社が特別徴収義務者として徴収して鹿児島県に納入しなければならない軽油引取税の合計額が二億一六五九万六〇六七円であったにかかわらず、そのうち合計一二〇二万八五〇〇円を納入したにとどまり、その余の合計二億〇四五六万七五六七円を、同年四月ないし六月の各末日の納入期限までに納入しなかった

ものである。」

二  本件公訴の経緯とAらの犯行

1  本件は、A、B、C、D及びE(三和石油熊本支店関係の犯行についてはさらにF及びG)が共謀の上、軽油取引における徴税の仕組みを利用し、特別徴収義務者の資格で軽油を販売し、販売先から代金に上乗せして徴収し県に納入すべき一リットルあたり二四円三〇銭(犯行当時)の軽油引取税を、虚偽の申告をして納入を免れることにより、不法に利益を上げようと企て、公訴事実のとおり、三和石油熊本支店や東洋化工など特別徴収義務者の資格を得た会社を使って、地方税法七〇〇条の二八第一項及び第四項(行為時は七〇〇条の二七第一項及び第四項)所定の不納入罪を共同実行したとされる事案において、これらにより販売された軽油の主たる買主であった被告人が、同じく主たる買主であった甲と共に、Aらの右犯行の共同正犯として公訴提起されたものである(なお甲は、公判中に死亡した)。

2  Aらが公訴事実記載の不納入罪を犯した事実及びその犯行に至る経緯は次のとおりである。

即ち、本件証拠によれば、公訴事実1の三和石油熊本支店の事件については以下のとおり認められる。石油製品の業者間転売を専門とする業者であるAは、軽油取引における脱税方法に通じているCと、軽油の脱税取引をして巨額の利益を上げることを画策し、犯行を敢行しやすそうな地方を物色していたところ、Cの知人Dの情報を得て熊本県に狙いをつけるに至り、脱税取引をする会社を仕立てるため、Aの知人のFを仲間に引き込んで、茨城県所在の同人の経営する会社である三和石油株式会社に、熊本県の支店を出させることにし、Dがその支店長に就任した。そして、Dの働きかけにより同支店に熊本県から特別徴収義務者の指定を受けさせる一方、九州地区での元売り業者を確保すべく、Aの会社の従業員Bの知人を介して兼松江商株式会社福岡支店の燃料課長であったHの紹介を受け、三和石油熊本支店のために、兼松江商の扱う軽油を継続的に供給する契約をとりつけると共に、Aがかねてから取引していた石油類販売業者である被告人及び甲に対し、安い軽油が出るから買わないかと持ちかけて販売先の確保をした。しかる後、CがDに資金援助して設立させていた株式会社世多や、同じくCがかねてから設立していたダミー会社である有限会社播磨を形式上の販売先として利用し、右各社の預金口座に被告人や甲から軽油購入の代金を振り込ませることにし、さらに、販売量について県税当局をごまかす工作として、三和石油熊本支店が軽油にトリクロロエチレンを混合した非課税品である洗滌剤を販売したことにするため、Cの知人のGが代表者となっている関西商事株式会社を購入者とする架空の取引を仕立てあげることにした。こうして、被告人や甲の注文を受けて兼松江商から軽油を仕入れ、仕入れた軽油の大半を洗滌剤に加工して関西商事に売却したように装いつつ、実際は世多や播磨を介して被告人らに売却して引渡すという取引及び脱税工作の流れを設定した。軽油の注文を兼松江商に流したり、代金の送金をする事務はCの知人Eがあたり、被告人らからの注文を三和石油熊本支店に取り次ぐ仕事はBがあたった。A、B、C、D、E、F、Gはこのようにして、公訴事実1記載の犯行を敢行したものである。なお、被告人らへの売渡しは、前記株式会社世多や有限会社播磨から、被告人の指示を受けた、同人の経営するP会社の子会社Q会社と、甲の経営するR会社に対して行われた。

公訴事実2の東洋化工の事件については次のとおり認められる。AとCは、右三和石油及びその後に同様の形態で行った合志石油の事件で熊本県税に疑惑を抱かれ出したことから、鹿児島県に会社を作って引き続き脱税取引で利益を上げることを企てたもので、FとGの共謀及び関与はなかったものの、その余のA以下五名により、情を知るに至ったHの幇助を得て敢行したものである。即ち、Cの指示により、Dが鹿児島県において東洋化工有限会社を設立し特別徴収義務者の指定を受け、同社においてHを通じて兼松江商から軽油を仕入れ、洗滌剤の架空の販売先として有限会社勇光商事を、軽油を販売する会社として有限会社伍大商店をいずれもEが設立し、A及びCが被告人や甲のほか、アイカ産業、豊晴商事、市江石油、東海石油販売、丸登といった会社と交渉して販売先の確保をし、注文の取次ぎ等は三和石油の販売と同様BやEが行ったものである。なお、被告人らへの売渡しは、前記有限会社伍大商店から、被告人の指示を受けた、同人の経営するP会社の子会社であるT会社と、甲の経営するR会社及び甲の指示を受けたU会社に対して行われた。

以上のとおり、Aらの犯行は明らかであり、本件の争点は、同人らから公訴事実のとおり軽油を購入した被告人が、同人らの犯行に共同正犯として加担したと認められるか否かの点のみである。

三  当事者双方の主張と問題点

1  検察官の主張

検察官は、被告人が、公訴事実にかかる軽油取引をAらとの間で行ったことをもって、本件不納入罪の実行行為の一部に加担したものとし、右実行に先立つ昭和六〇年一〇月中旬に、Aの経営するグローバルオイルの事務所内で、同人らが軽油引取税を納入するつもりがないことを認識しつつ、甲と共に軽油を継続的に購入する合意をした時点で、Aらとの本件犯行の共謀が成立したとする。検察官が、被告人においてAらが軽油引取税を納入するつもりがないことを認識していたとする根拠は、被告人がAらから購入した軽油の価格が相場に比較して著しく安く、かつ異常に大量で継続的な取引であり、その価格に軽油引取税分を含めていないことは容易に推測できること、被告人自身、価格交渉などの際に、税を納入しない意思で販売される軽油であることを当然の前提としたやり取りをしていることなどである。

2  被告人及び弁護人の主張

被告人及び弁護人は、Aらが軽油引取税を納入する意思がないことは知らなかったとする。そしてその根拠として、Aらから購入した軽油は著しく安い価格ではなかったし、大量であったとも言えないこと、継続的な取引であったことはむしろ信用できる取引であることの根拠であったことなどをあげる。

3  問題点

本件の争点は、特別徴収義務者ではなく、軽油の買主である被告人が、本件不納入罪の共同正犯としての責を負うか否かであるが、これを検討するに先立って、いくつか注意すべき問題点がある。

(一)  検察官の本件公訴は、被告人の行為を共謀共同正犯ではなく実行共同正犯ととらえている。そこでまず、本件不納入罪の犯行に加担した者に、実行共同正犯が成立する余地があるか否かを検討する。

地方税法七〇〇条の二八第一項(行為時は七〇〇条の二七第一項)に定められる不納入罪は、同条第二項に定められるようないわゆるほ脱罪(偽りその他不正の行為により税を免れる行為)とは異なり、特別徴収義務者が軽油の販売後においてその納入すべき税額相当の金員を納入期限までに納入しないことにより成立する罪である。したがって、その実行行為は、本来は、税額相当の金員の納入義務を怠ったという不作為に尽きるわけであって、当該不作為者である特別徴収義務者以外の者がそれに何らかの関与をしたとしても、実行行為の共同を考える余地は乏しいようにも見受けられる。

しかしながら、本件におけるAらの犯行の如く、税を納入しない取引をして利益をあげることを画策し、特別徴収義務者の指定申請、元売りからの仕入れ、被告人ら買主への販売、虚偽の取引の仮装行為等一連の計画を実行したというが如き場合は、その全体が納入義務のけ怠と一体となって本罪の構成要件を実現したものとみるべきである。したがって、納入義務のけ怠以外の加功行為をした者についても、単なる共謀者にとどまらず、実行行為を分担したものとして実行共同正犯の成立を認めるべきである。けだし、これら一連の行為は、不納入罪の本来の実行行為である納入義務のけ怠そのものではないけれども、それを初めから当然に予定したいわば脱税取引と、その実行のために不可欠な準備行為及び隠蔽工作にほかならないのであるから、右義務のけ怠と不可分一体をなすものと言えるからである。

(二)  次に、不納入罪の故意と同罪の共同実行の意思との関係について検討しなければならない。

検察官は、本件不納入罪の主観的要件即ち故意としては、税相当額の金員を納入しないまま法定の期限を徒過することを当該期限において認識していることをもって足るとする。そして、被告人はこれを否認してAらとの共謀を否定しているので、本件の事実認定上の最大の争点は被告人に右の意味の故意が認められるか否かにあるとして、被告人においてAらが税を納入する意思がないことを知っていたと認めるべき事情を列挙している。

前述した本罪の構成要件の性質上、その犯罪成立のための特別徴収義務者の故意は、不納入の認識をもって足るものであり、税をほ脱する意思までは必要ない。しかし、本件は特別徴収義務者から軽油を購入した者が、特別徴収義務者に加功したとして共同正犯の責任を問われている事件である。加功者の側が、特別徴収義務者に不納入の認識即ち脱税の故意があることを知っていたからといって、ただちに共同実行の意思まで有していたことにはならない。

一般に共同実行の意思とは、複数の者が共同して特定の構成要件に該当する事実を実現しようとする意思を言うが、そこでは、各人がそれぞれ「自己の犯罪」を実現する意思を有していることが必要である。例えば幇助犯の如きは、正犯者の故意を知りかつ同人のなす実行行為を幇助する意思を有してはいるが、当該実行行為を自己の犯罪として実現する意思を有しているわけではない。本件の場合にも、特別徴収義務者の犯行に加功した者が、特別徴収義務者に不納入の認識があることを知っていたとしても、当該加功者において、特別徴収義務者と一体となって脱税を企むなどの自己の犯罪を実現する意思を有していない場合には、共同実行の意思を欠くことになる。また、そもそもその加功態様からして、右の意思の実現と言えないような場合には、共同実行の事実もないということになるわけである。

ところで、A、Cを中心とする前記犯行計画の実行を分担した者の中には、特別徴収義務者たる三和石油熊本支店や東洋化工の代表者ではないし、右会社において軽油取引を担当していたとは言えない者も含まれているが、それらの者も、自己の犯罪を犯すものとして本罪の実行計画に加担したと認められる限りは、共同実行の意思を有すると考えられるわけである。また、その加功態様も、前述したとおり特別徴収義務者と一体となって不納入罪の実行行為を共同にしたものとみて差し支えないものと解される。

しかしながら、被告人や甲の如く、買主として本件にかかわった者については、右の者らとは立場がかなり異なるのであって、自己の犯罪を犯したと言えるかという点について、慎重な検討を要すると言わなければならない。それが第三の問題である。

(三)  第三の問題は、右のように、特別徴収義務者が税を納入しない意思で軽油を販売した時、その相手方となった買主に、共同正犯の成立を認め得るか否かということである(地方税法上、軽油引取税は、特別徴収義務者から軽油を引き取った者に課されるのであって、購入した者に限らないわけであるが、以下においては、便宜、買主の例で検討することとする)。

一口に買主の地位にある者の行為と言っても、その態様にはさまざまのものが考えられる。売主たる特別徴収義務者が税を納入するつもりがないことを全く知らないで購入する場合もあり得るし、逆に、一連の脱税取引計画の主導的立場にあり、元売りから特別徴収義務者への販売も含め取引量や価格の決定など一切を取り仕切っている場合も考えられる。売主の意図を知らないで購入した者を処罰すべきでないのは当然であるし、主導的立場にある者に共同正犯の成立を認めることにも異論はないであろうが、その中間の態様として、税を納入しない意思で販売される軽油であることを、価格の安さなど取引の諸状況から明らかに推知しながら、自己の経済上の利益を考えて取引に応じた買主の場合などは、極めて問題である。

これについては、結論的に言うならば、買主が単なる取引当事者にとどまり、それ以上に売主たる特別徴収義務者と共同し一体となって元売りからの仕入れや虚偽の納税申告など一連の脱税犯行計画の実現に関与しているのでない限りは、たとえ買主において売主の脱税の意思を推知していたとしても、売主と共同正犯の関係には立たないと解するべきである。けだし、そのように取引の当事者に過ぎない買主は、軽油の販売行為を不可欠の前提とする本件不納入罪において、犯行の実現に必要な販売の相手方となったというに過ぎず、自己の犯罪を実現したとは言えないから、共同実行の意思を欠くし、共同実行の事実もないと解されるからである。なお、この点は、買主を単なる共謀者として、共謀共同正犯の成否を問題とする場合でも同様である。共謀もまた、自己の犯罪の実現としてなしたことが必要だからである。

(四) 右の如く、単なる買主には不納入罪の共同正犯が成立しないとの結論は、いわゆる必要的共犯即ち構成要件の実現に相手方の存在を必要とする類型の犯罪の場合において、その相手方の処罰規定を欠く場合、その相手方を、構成要件を実現した者の共同正犯(ないし教唆犯や幇助犯)として処罰する余地はないと解されている(最高裁昭和五一年三月一八日第一小法廷判決など)こと(例えば、猥褻文書販売罪において、猥褻文書をそれと知って買った者が、販売者の共同正犯として処罰されることがないなどがその例である)の類推からも導かれるべきである。

本件不納入罪の実行行為それ自体は、単独で行えるわけであるから、本罪は厳密には本来の必要的共犯ではないと解されるけれども、軽油の引渡しによって特別徴収義務者に生ずる徴税義務及び納入義務違反の罪であるから、やはり引取人即ち買主の存在を前提とした犯罪であるし、そもそもこの軽油引取税という税は、元来軽油の引取人の側に課税される税であり、税法上引取人が納税義務者とされるわけであるから、その点を考えても、この不納入罪は軽油の引取人即ち買主の存在を不可欠のものとしているというべきである。その上、前述したとおり、Aらの犯行態様については、その一連の脱税計画の全体を本罪の共同実行と観念して実行共同正犯の成立を認めるべきであるところ、こうした態様による本罪の敢行は決して特異なものではなく、むしろ現実に刑事処分の対象として重視されるのはこの種の計画的な脱税行為であることにも注目すべきである。このような犯行態様の場合には、軽油を購入する相手方の存在は、まさしくこの意味での実行行為の成立自体に必要不可欠なわけである。

以上のように、この不納入罪の成立には軽油の買主の存在が当然必要であると解されるにもかかわらず、現行法上、売主の不納入の意思を知りつつ購入した買主を処罰する規定は存在しない。不納せん動罪は設けられている(地方税法二一条一項)が、買主が売主の不納入の意思を知りつつ購入したというだけでこれに該当するものでないことは言うまでもない。してみると、法は、この種の犯行においては、買主まで処罰することは控えたものと解することも可能なわけで、単なる買主を売主たる特別徴収義務者の共同正犯として処罰することには多大な疑問があると言わなければならない。

四  税不納入の認識

本件の事実認定上の争点は、被告人がAらから公訴事実記載の軽油を購入した時に、Aらが税を納入する意思がなかったことを知っていたか否かである。そこで、この点について検討する。

1  被告人とAとの関係及び被告人の言動

(一)  Aの証言及び被告人の供述によると、Aと被告人とは、昭和五二、三年ころからの知人で、石油類販売業者として互いに石油製品を売買し合うと共に、四国で営業している被告人にとって東京で営業するAは取引のいわば情報源的な存在として頼りにしており、Aのために事務所開設の際の敷金を貸してやったり、Aが自宅を新築した時に多額の祝い金を送ったりする仲でもあったこと、本件取引の前、被告人は、山口県の美濃、茨城県の常陸石油、愛媛県と山梨県の社興産といった特別徴収義務者の会社を通じて、数か月ずつ次々に、本件と同様に多量の軽油をAから購入していたこと、Aは、美濃で扱った軽油の全量と常陸石油で扱った軽油の大半は被告人に販売し、社興産で扱った軽油は被告人及び被告人が紹介した甲に販売していたことが認められる。

(二)  このような取引に引き続き、昭和六〇年の一〇月半ばころ、Aから被告人と甲に対し、また、安い軽油が出るから買わないかともちかけて、本件三和石油熊本支店の取引が開始された。Aの証言によると、この三和石油熊本支店の取引のころか、ないしはこの後昭和六二年一月から二月にかけて行った合志石油の取引のころ、被告人と甲はAに対し、「軽油税はどのようにして納めているのか。」と聞いたことがあった。これに対し、Aは、「非課税で税務署が許可してくれているので、税金はかからない。」と説明したところ、被告人は、「それなら、道路を走ったならば我々のところに課税される可能性があるのではないか。」と言ったので、Aはさらに、「それはCがうまくやっているから心配するな。」と答えたとの事実を認めることができる。

被告人は、このようなやりとりがあったことを最終的には否定しており、弁護人もAの右証言はあいまいであり信用できないと主張する。確かにこの会話があった時期がいつかについては、Aは、当初は三和石油熊本支店の時代である昭和六〇年暮れころだと述べていたのが、後の証言では約一年以上後の合志石油の時代だったかも知れないと変更したりして一貫性がないけれども、被告人が「道路を走ったならば我々のところに課税されるのではないか。」と質問したという点などは相当に具体的で迫真性があり、信用できるものと言える。また、被告人自身、公判廷において、Aに対してこのような質問をしたことを一度は明確に認める供述をしながら、その後、課税済みの軽油を買ったつもりでいるならなぜそのような質問をしたのかとの趣旨の尋問に対して、Aにそのような質問をしたことははっきり覚えていないと言ったり、この取引の時のことではないと言ったりしており、自己に不利な供述を故意に曖昧にしているとの印象を拭い難い。こうした被告人の供述態度にかんがみると、Aの証言どおりのやり取りがあったことは、やはり事実として認めることができる。

すると、この発言をした当時、被告人は、Aらが税を納入する意思がないのではないかという疑いを抱いていたことになる。しかも、Aの返答内容が右のようなものであった以上、仮にそれまでは疑いにとどまっていたとしても、この返答により、軽油引取税を納入する意思がないことを確定的に察したと言える。けだし、被告人はあくまで軽油として購入していたのであって、これを合法的に非課税にできるはずはなく、Aの右の返答は、まさに、何らかの形で脱税をしていると言っているに等しいからである。

なお、このやり取りがあった時期については、前述のとおりAは三和の時代であると言ったり合志の時代かも知れないと言ったりしているが、甲の検察官に対する供述調書(乙四一号証)において、甲は、昭和六一年初めころ、被告人と共にAに対し、税金はどうなっているかと聞いたところ、「お前のところに県からゆうて来たことがあるのか。税金払わんとやっていけるか。」と答えたと供述しており、このことにかんがみると、Aが、非課税になっている、即ち、税金は払っていないという趣旨の答えをするに至ったのは、これより後の時期であり、Aの後の証言のように、東洋化工の取引の直前の合志石油の時代であった可能性がむしろ強いと認められる。

(三)  Aはさらに、三和石油熊本支店で取引していた昭和六〇年の暮れころ、被告人が、価格交渉においていわゆる「三・八の原理」を持ち出して値切ろうとしたと証言する。即ち、甲も同席した価格交渉の場で、被告人が、二四円三〇銭の軽油引取税のうち、このような脱税取引を仕掛けた者が八円、中に立った者が八円、末端の消費者が八円の割合で取るのがこの業界のやり方だと言ったというのである。

この点被告人は、このような話をしたこと自体は認めるものの、本件の取引の価格交渉の際ではなかったなどと述べるのであるが、その供述は、いったんは価格を値切るために持ち出した話であることを明らかに認めているような言い方をしながら、後になって雑談の折りであったと変更するなど、疑わしさを否定できず、やはりAの証言のとおり、価格交渉において持ち出したと認めるのが相当である。

しかしながら、その話がなされた時期については、右(二)のAと被告人らとのやり取りが合志石油の時代であったとすると、三和石油熊本支店の時代にすでにこのような、脱税軽油であることをはっきりと前提とするような会話がなされるはずはないと考えられるし、乙四一号証における甲の前記供述とも矛盾することになる。したがって、その時期は、被告人にとってAらの税不納入の意思を明確に知るようになったと考えられる合志石油の取引以降の時点であると考えられる。

(四)  次に、Aは、東洋化工の取引をしていた昭和六二年四月ころ、江頭が本件の脱税取引を嗅ぎつけてゆすりをかけてきたので、大阪で被告人や甲とも協議した上、江頭に口封じとして二〇〇〇万円を渡すことにし、そのうち一〇〇〇万円を被告人に出させたと証言している。この事実は基本的に被告人も認めており、一〇〇〇万円は、江頭の動きによって兼松江商が取引を打ち切ってしまうと困るので出すことにしたものであり、被告人がAから購入した軽油の単価を遡って訂正するという方法でAに与えたと述べている。しかし、このように江頭がゆすりをかけてきた時、被告人がAの脱税取引の事実を知って驚いたとか、Aを非難したらしい様子は、被告人の供述から全くうかがわれない。こうした点は、Aの税不納入の意思を知らないで取引していたというにしては極めて不自然である。のみならず、被告人は公判廷において、このように一〇〇〇万円を出すことにした時点においてすら、Aが脱税していたことは知らなかった、疑いもしなかったと述べているのであって、ここに至っては、このことがあった後も軽油の購入を継続したことを強いて正当化するために、あまりにも常識外れの異様な弁解に固執していると考えざるを得ない。

2  価格の問題

(一)  次に、被告人がAらから購入した軽油の価格が、どの程度安かったのかということを問題にしなければならない。軽油引取税は、前述のとおり、本件犯行当時一リットルあたり二四円三〇銭であって、軽油の価格中に占める割合は大きい。特別徴収義務者がこの税を納入するつもりなく販売するとすれば、かなり価格を低く抑えても相当の利益を上げることが可能である。したって、買主にとって、売主から呈示される価格が著しく安いことは、売主に納税の意思がないことを推測する有力な根拠となると言える。

(二)  石油類の取引に詳しいという工藤富夫証人は、業者間転売取引(以下「業転」という)の場合、現金で購入するならば、手形取引より二、三円安くなるのは当然であること、それは、銀行金利分を倍くらいに見積もって差し引くのがこの業界の通例であるためであること、しかし、六〇日決済の手形による支払いなど、業転取引における普通の決済条件で、価格が五、六円安ければ、売主に軽油引取税のごまかしがあるのではないかということの想像がつくこと、などを証言しており、この証言は十分信用に値すると言うべきである。

ところで、この通常の価格ないし標準の価格をどのように見積もるかは、極めて困難な問題である。業転価格の相場を表示する客観的な資料があるわけでなく、売買価格はその時々の需給の状況をふまえて、各業者間で決定されるものであるからである。検察官は、冒頭陳述の段階では、日本経済新聞に日経商品指数として掲載される軽油価格が、相場を反映したものであるという前提のもとに、この価格に比べ被告人らの購入価格が著しく安いことを問題としている。しかしながら、工藤証人は、右商品指数はメーカーが市場から買い上げる際の価格の事例を掲載しているに過ぎず、業転の相場を反映したものとは言えないし、具体的な取引にあたって参考となるものでもないと証言しており、この見解を否定する見解は証拠上見い出せず、右見解は信用できると言えるから、右日経価格を通常の価格の例と考えるのは適切でないと言わなければならない。

(三)  そこで、被告人自身が当時系列取引先から仕入れていた軽油の価格と比較することとする。〈以下、省略〉

(六)  以上に見た被告人の系列における価格とAからの仕入れの各価格を対照すると、その価格差は次のとおりである。

三和石油熊本支店の取引に対応する期間

昭和六〇年一〇月 七円八〇銭ないし八円八〇銭

同年   一一月 七円八〇銭ないし八円八〇銭

同年   一二月 七円八〇銭ないし八円八〇銭

昭和六一年 一月 六円八〇銭ないし七円八〇銭

同年    二月 五円八〇銭ないし六円八〇銭

東洋化工の取引に対応する期間

昭和六二年 三月 五円二〇銭ないし七円二〇銭

同年    四月 七円二〇銭ないし九円二〇銭

同年    五月 九円二〇銭ないし一一円二〇銭

ところで、前記工藤証言にもあるとおり、本件のAらからの購入のように現金取引の場合には、通常の手形決済よりも二、三円低くなるのがむしろ当然であるとも言えるのであるが、右の価格差はそれをも逸脱した、かなり大幅なものである。工藤はまた、支払い条件が同じであり、かつ同じ業転軽油という前提のもとにではあるが、五、六円の差があれば、脱税取引であることは価格から推測できると証言している。本項における比較は、言わば被告人自身が特別徴収義務者として販売する価格との比較であって、業転価格相互の比較とただちに同視することはできないけれども、工藤証言の趣旨からすれば、やはり、脱税取引であることが疑われ得る価格であるということは言えると思われる。

3  以上1、2に認定ないし検討したところに加え、工藤証人も述べるように、業界では軽油の脱税(不納入)が横行しており、価格の安さなどから脱税軽油ではないかと疑いながら、あるいははっきりと知りながら購入する買主も多いという状況であり、そうした実情を長年この業界に身を置く被告人が知らないはずはないことにかんがみると、被告人は、遅くとも、Aから「非課税で税務署が許可してくれている。」「Cがうまくやっているから大丈夫だ。」と聞かされた後であることが明らかな東洋化工の取引開始の頃までには、Aらが軽油引取税を納める意思なく販売していることを、確定的に推察していたものと認められる。

しかしまた、逆に言うと、三和石油熊本支店の時代には、Aらの税不納入の意思を確定的には知らなかったということになる。けだし、不納入の意思を明確に知っていたならば、甲と共に何度も繰り返して「税金はどうなっているか。」といった質問をするはずはないからである。このような質問をしている段階では、疑惑を抱いて不安になっているに過ぎない状態であると言わなければならない。

もっとも、うがって考えれば、被告人や甲としては、脱税軽油を販売するのであるということは当初から暗黙の前提として知っており、ただ単にトラブルが発生することを恐れ、うまくごまかしているのか、自分達に難が及ぶことがないのかを確かめる意味で、何度も確認したのだと解する余地もないではない。Aはこのような趣旨の証言もしているが、それは同人の推測であるに過ぎず、前記1(二)で述べたA証言や甲の供述調書(乙四一号証)にあらわれている、Aと被告人らとの会話の内容からすれば、そこまで認めるのはやはり行き過ぎであろうと思われる。

なお、被告人の警察官調書や検察官調書には、三和石油熊本支店の取引の当初から、脱税軽油であることの「想像がついていた」(乙二四号証、二六号証)とか、「薄々感じていた(乙二九号証)」とか、「わかりながら購入していた」(乙三一号証)とか、ニュアンスはさまざまながら、Aの税不納入の意思についてある程度の認識があったと述べているものがいくつかある。しかし、これらの調書も、Aその他の者からそのように明確に聞いたと述べているわけではなく、価格の安さなどからそのように推測していたというに過ぎない。してみると、こうした供述は、「あるいは脱税軽油ではないかとの疑いを抱いていた」というのと、実質的にはさほど異なったことを述べているわけではないのであって、供述調書の性質上その表現は捜査官の追及しようとする方向に即して多少強めになりがちであることも考え合わせるならば、前述したとおり昭和六一年の初めや、約一年後の合志石油の取引のころになっても、被告人や甲が「軽油税はどのようにして納めているのか。」ということを繰り返しAに尋ねていたという事実が一方であるにもかかわらず、右の調書の文言をそのままに信用して、三和石油熊本支店の取引の当初から、被告人に、Aが税を納入する意思がないとの確定的な認識があったと認めることは困難であると言わなければならない。

五  その他の問題

なお、共同正犯の成否に関して問題とされたその他の点について、補足的に述べる。

1  代金前払いについて

検察官は、冒頭陳述においては、被告人と甲は現金前渡しの条件でAから軽油を購入することを約束して実行したとし、この前払いの点が犯行の共謀のひとつの現れであるとの趣旨の主張をしている。

これに対し弁護人は、被告人の軽油代金の支払いは、軽油の現実の受領前になされたものもあったが、すべて「オーダー確認」の後になされているのであって、軽油取引の慣行からすればこれは前払いとは言えないと主張している。

ところでAの証言、Bの証言は、代金は前払いであったとしながらも、支払い方法がそのような方式であったことは認めている。ここに「オーダー確認」という意味は、小林証言や被告人の供述によると、要するに、買主の注文を受けた売主が、メーカーなど現に対象軽油を保管する者に対し、日時や量を特定して、軽油引渡しの指示を出しておくこと(これがここで言う「オーダー」である)について、そのオーダーが出されているということを、買主が売主に確認したり、配船会社がメーカーに確認したり、それをまた買主が配船会社に確認したりすることを言うようである。要するに、軽油の輸送や引渡しが巨額の経費をかけて多数の企業の関与のもとに行われることから、関係者間に行き違いがあって損失が発生することを防ぐために成立した取引慣行であると解される。してみると、オーダーの確認後であれば軽油の引渡しがなされることは間違いがなく、従って代金を支払っても心配がないと述べる被告人の供述は、それなりに合理性があると言わなければならない。

また、検察官は、論告においては、代金の支払いがオーダー確認後であったか否かという問題には立ち入らず、問題なのは、被告人が、三和石油熊本支店との取引を開始するにあたって、元売りである兼松江商への現金前払いの必要に迫られたAのために、軽油の購入資金を早めに提供することによって、Aの仕入れを実現可能にしたこと、そしてその後の三和石油の取引においても、被告人の振り込む代金を前払い資金とすることによって兼松江商からの購入が実現可能になっていた点であるとして、これは本件犯行の共同実行の事実にほかならないとの趣旨の主張をしている。

しかしながら、すでに認定したとおり、三和石油熊本支店の時代には、被告人はAらが軽油引取税を納入しない意思で販売していることを確定的には知っていなかった可能性が高い。すると、すでにこの点において、検察官の右主張は成り立たないというべきである。けだし、脱税取引であることを知らないか、あるいはせいぜい疑惑を抱いている程度の状態で、売主の要求に応じて早めに代金を支払ったとしても、共同実行の意思をもって犯行に加担したと見ることはとうていできないからである。のみならず、この問題を措くとしても、右認定のとおりオーダーを確認した後に支払ったというのであれば、買主としては万一の危険への配慮をしつつ、代金支払いに関する売主の希望に応じたというに過ぎないのであって、正常な取引行為と何ら異なったところはないのであるから、その果たした結果のみをとらえて脱税取引の共同実行をなしたものと考えることはできないと言わなければならない。

2  バック金について

被告人がバック金を受け取っていた点について、検察官は冒頭陳述の段階で、このような操作は、購入単価を見かけ上引き上げて購入価格の安さを隠蔽し、かつ会社の金を個人の金にする手段であったものであるから脱税工作の共同実行の一環であるとの趣旨の主張をしている。

これについて、被告人は、自己の販売先からもバック金を要求されることから、自己の仕入れ先であるAにも要求しないと、課税上、実際以上の過大な利益を得たようにみなされ損をするという点に主たる理由があったとし、工藤証人も、バック金(工藤証人はリベートという表現を用いる)は業界で良く行われる一種の値引きの手段で、そのバック金の財源は自己の仕入れ先にバック金を要求して裏財源を作って処理する方法が通常とられていると証言している。こうした供述や証言は、その内容からして合理性があり信用できるので、検察官の右主張は採用できない。

3  「三・八の原理」を持ち出して交渉したことについて

前記認定のとおり、被告人は、Aとの価格交渉の際に、「脱税取引を仕掛けた者が八円、中に立った者が八円、末端の消費者が八円の割合で取るものだ」という「三・八の原理」を持ち出してAの呈示する代金を値切ろうとしたことがあった。

検察官は論告において、これは、Aらが本来納入するべき軽油引取税を分割して利得しようとの申し出に他ならないのであり、被告人が、この税を不納入にすることによって得られる利益のうちから、より大きな分配を得ようという積極的な意図を有していたことを示すもので、このことから、自己の利益のために犯行に加功するという意味での正犯意思が認められるとする。

被告人がこの話をした時期ははっきりしないが、前記認定との関係から、同人がAらの税不納入の意思を確定的に推知した、昭和六二年初めの合志石油の取引以降のことであろうと一応は考えられる。けれども、Aの証言は、はなはだ簡単で漠然としたもので、被告人が具体的にどのような言葉で話したのか、「三・八の原理」という表現は、被告人の側から言い出したものなのか、この話に対するAの反応はどうだったのかといったことが明らかでない。しかし、同証言の趣旨から、少なくともこれは、Aの呈示価格を値切るために被告人の側が一方的に言い出したことで、二四円三〇銭分の利得を分配するための謀議をしたというわけではなかったものと認められる。そもそも、脱税取引の準備や実行に何ら参加していなかった被告人や甲が、そのような犯行による利益の分配の謀議的なものに加われるはずはないことからしても、そのことは明らかというべきである。そして、被告人がこの話を持ち出したことによって、価格交渉の上で同人が特に有利になったわけでもないようである。以上から、この話は単なる価格折衝の一局面として出たものに過ぎないと考えるべきであり、この発言に、被告人の共同正犯の意思を認めることはできない。

また、別の見方をするならば、取引の途中で被告人がこのような話を持ち出して価格をめぐる攻防を交わしたということは、かえって、被告人や甲とAらとが一体となって脱税取引をすることを企んで実行してきていたわけではなかったこと、即ち被告人の側もAの側も、犯行を共同実行する意思を有していたわけではなかったことを、端的に示すものと言うことができるのである。

六  共同正犯の成否

右に認められる事実関係をふまえて、被告人における共同正犯の成否を考えてみる。

1  右に見たように、被告人は、Aから、軽油引取税を納入する意思がないことを直接聞かされはしなかったものの、少なくとも東洋化工の取引が始まる前には、Aらのそうした税不納入の意思を十分に推知していたものと考えられ、それでも、価格が安く有利な取引であったことから、従前同様に軽油を買い続けることにしたものと認められる。

しかしながら、こうした被告人の行為は、結局のところ、売買の当事者たる地位を超えるものではないと考えられる。買主でありながら売主である特別徴収義務者の取引担当者たる地位を兼ねていたと言えるような事情、例えば、その特別徴収義務者が仕入れをするについて、その数量や仕入れ価格の交渉、代金決済手続などを包括的に委ねられていたというような事情が認められないことはもとより、特別徴収義務者たる会社と密接に関わって、取引の全体の流れの中ではこれと一体として行為したと見られるような事情、例えば、これらの会社が仕入れ先と特約店関係を結ぶにあたって仲介をするとか、その仕入れ先に卸す出荷元を被告人の手配によって確保するとか、県への虚偽の申告や脱税の疑いをかけられないための県当局への対応を助言指導していたなどという事情も何ら存しない。

そればかりか、被告人は、Aから、犯行計画の具体的内容即ちどのような方法で県税当局の眼をごまかすのか、県税当局への取引量の申告はどの程度にとどめるのかといったことも一切知らされていないし、三和石油、東洋化工といった特別徴収義務者たる会社の名前や所在すらも知らされていない。要するに被告人や甲は、Aらの犯行において、犯行の遂行のために必要な、軽油の売りさばきの相手方として選ばれ、相場よりも安い価格を呈示されて、当初はともかく途中からは確定的にAらの税不納入の意思を推知するに至ったが、なお取引を継続したというに過ぎないのである。少なくとも、証拠上はそれ以上の事情を認めることは困難である。

2 被告人の行為が右の程度にとどまるものであるとすると、先に検討したとおり、それは、単に不納入罪の共同正犯としての違法性が低いあるいは責任が軽いというものではなく、このような行為はもはや自己の犯罪を実現するという正犯性を有していないので、共同実行の意思及び共同実行の事実を欠くというべきである。

また、前述した必要的共犯の理論の類推からしても、この結論が支持されるべきである。即ち、この不納入罪が軽油の買主の存在を当然予定する犯罪でありながら、現行法上、情を知って買い受けた者を処罰する規定が存在しないことにかんがみても、このような行為までも本来の処罰対象者の共同正犯として処罰するべきではないと思料されるのである。

ところで、本件公訴事実においては、対象期間中の甲の購入に関しても被告人に共同正犯が成立するとされている。その根拠は、論告によれば、被告人と甲とが手形を振り出し合って購入のための現金を作ったということなどから、両名の購入した軽油全体について共同実行を認めるべきであるという点にあると解されるが、右のとおり被告人自身の購入行為についてすら共同正犯が成立しないのであるから、甲の購入分についても成立しないことは、論ずるまでもないところである。

3  なお、検察官が論告で、軽油の購入者にも共同正犯の故意が認められた判例としてあげた判決(大阪地裁昭和六一年五月七日判決、その控訴審である大阪高裁平成三年五月三一日判決)の事案は、当該被告人が売主側である特別徴収義務者たる会社における軽油取引担当者の地位にあったと判示された上で処罰されているものであり、買主である被告人が、売主である各特別徴収義務者がその仕入れ先と特約店契約を結ぶに際して仲介の労を取り、仕入れ先に払う保証金がない時は立て替えて払ってやっていたり、特別徴収義務者とその仕入れ先との取引の数量や価格の決定等は、包括的に被告人に委ねられていたり、特別徴収義務者の仕入れ先に流す軽油の出荷元を、被告人が予め確保したりしていたとの事実関係が認定され、いわば一連の脱税取引の企画実行の中心的存在とみなされたものであって、単純な軽油の購入者に過ぎない本件被告人の事案とは、本質的に異なると言うべきである。

七  幇助犯について

なお、被告人の行為がAらの幇助犯となるか否かについても一応検討する。被告人の供述の全趣旨を踏まえて検討するに、同人は、Aが軽油引取税を納入する意思がないまま販売していることを確定的に推知するに至ったと考えられる東洋化工の取引の際にも、別段Aらの犯行を幇助する意思で取引を開始したわけではなく、自己の取引上の利益を図るため、従前どおりAらから軽油を購入し続けることにしたに過ぎないと考えられる。被告人は、軽油販売の相手方となることによって、Aらの犯行を実現せしめる役割を果たしたわけではあるが、それはあくまで、被告人が自己の利益を追及する目的のもとに取引活動をしたことの結果に過ぎないと見るべきである。

また、すでに論じたとおり、Aらの犯行は被告人ら軽油の買主と必要的共犯類似の関係に立つと解されるところ、必要的共犯において相手方の処罰規定を欠く場合には、共同正犯としてのみならず、原則として教唆犯及び幇助犯としても処罰すべきでないと解されていることにも注目されねばならない。ここに「原則として」というのは、例えば犯行に消極的だった者に執拗に働きかけて犯行の決意をさせるなど、通常以上の強い教唆行為をした場合などを言うものと解されるが、被告人のAらに対する関係がこのようなものでなかったことは明らかである。かような点からも、被告人を幇助犯として処罰することは許されないと言わなければならない。

八  結語

以上のとおり、被告人には本件不納入罪の共犯の成立を認めることができないので、結局、本件は犯罪の証明なきに帰するから、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡しをする。

(裁判長裁判官赤塚健 裁判官林正宏 裁判官石原寿記)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例